沿革

1972(昭和47年)
  • 画家であり美術教師だった初代が銭湯絵師などの修行の後、福岡県小倉北区上到津に「有限会社松下工芸社」設立。町の看板屋さんとして業務開始。
1981(昭和56年)
  • 業務拡大の為、福岡県北九州市小倉北区泉台に移転。
  • 手描き看板と並行して、サントリー、資生堂、キリン、アサヒなど大手企業の下請け会社として看板の製作施工業務も行っていた。
1992(平成4年)~
  • バブル崩壊の煽りをもろに受け存続の危機に。
2000(平成12年)
  • 街からは手描き看板はほぼ見なくなり、カッティング文字や印刷看板が主流に。カッティングマシンを導入し、元来の大型裁断機や丸のこ盤での製作からデジタルデザイン製作へ移行。
2014(平成26年)
  • 代表の健康上の理由によりやむなく事業を休業。
2019(令和元年)
  • 現代表の就任と共に本社を千葉県白井市に移転。業務を再開。