会社の中の人

CONOMI&ESTRK

KLARINETTEWORKS Crew.

CONOMI(このみ)

(有)松下工芸社三代目代表。個人活動として、スイス、バーゼルで行われる世界最大現代アートフェア Art Basel でのサテライト展や、N.Y. Fountain art fair (NYC Armory Week)、スイス Montreux Art Gallery、上海M50創意園(M50クリエイティブパーク)、等で作品展示及び、即売会を行うなど海外での活動を精力的に行っている。
主に透明水彩やアクリル絵の具を画材としてメインで使用し、抽象画、幾何学模様、テキスタイルを得意とする。

ESTRK(えすたーく)

(有)松下工芸社専務。00年代初頭、日本のヒップホップユニットである、××××でグラフィティを担当。街の壁にスプレーで落描きをするなどアングラ活動を行っていた(時効であれ)が、社会性が出てきた為、イリーガルで絵を描くことを辞め、漫画のアシスタントなどを経て今に至る。(様々の経歴があるのだが、公式の場で書けないことが多い為、割愛。)
缶スプレーの扱いに長けており、ライブペイントなども行う。グラフィティやオリジナルのキャラクターなどを多く描く。可愛いモノが好き。

会社の歴史

(有)松下工芸社

1972(昭和47年)

画家であり美術教師だった初代が銭湯絵師などの修行の後、福岡県小倉北区上到津に「有限会社松下工芸社」設立。町の看板屋さんとして業務開始。

1981(昭和56年)

業務拡大の為、福岡県北九州市小倉北区泉台に移転。手描き看板と並行して、サントリー、資生堂、キリン、アサヒなど大手企業の下請け会社として看板の製作施工業務も行っていた。

1992(平成4年)~

バブル崩壊の煽りをもろに受け存続の危機に。

2000(平成12年)

街からは手描き看板はほぼ見なくなり、カッティング文字や印刷看板が主流に。カッティングマシンを導入し、元来の大型裁断機や丸のこ盤での製作からデジタルデザイン製作へ移行。

2014(平成26年)

二代目代表の健康上の理由によりやむなく休業。

2019(令和元年)

三代目代表就任と共に本社を千葉県白井市に移転。業務を再開。